ダービーの恐怖(JOJOの奇妙な冒険第3部より)

 

JOJO第3部、ダービー戦。
承太郎はダービーにハッタリを効かせて追い詰め、精神的に勝利するが、
なぜダービーはあそこまで承太郎のブラフに引っかかったのか。
それはダービーがそもそも「イカサマだけ」で勝ってきた男だったから。
そこまでの勝負でも一見相手の有利に運んでいるように見えて、すべて仕込みを終わらせてから勝負を仕掛けてきた。
だからこそ「相手もイカサマをやっている」という疑念がぬぐえなかった。
しかも承太郎のスタープラチナの超スピードの威力を見せられて、
いかにスピードが速くても自分の目を盗むことが出来ない、と思い込もうとしてもダメだった。

なぜか。

それはダービーがDIOのスタンドの秘密を知っていたから。
DIOのスタンドの秘密、それはまさに「時間停止」。

おそらく同じようにDIOに賭け事を挑んだが、その時間停止によって自分のイカサマをことごとく看破されたのだろう。
そして承太郎のスタープラチナの早業はそのDIOの「時間停止」を連想させたのだ。
「まさか、こいつも時間を停止できるのでは?」と。
だからこそ、承太郎がカードを全て入れ替えた、という疑念がぬぐえなかった。
イカサマが通用しないというのはダービーにとってトラウマ級の精神ダメージだった。

ダービーが怯えていたのはDIOの秘密が賭けの条件になったからじゃあない。
承太郎のスタープラチナが同じように時間停止しているのでは?
その場合は自分のイカサマがばれているのでは?
と、DIOとの勝負を思い出しその時のプレッシャーもよみがえったから。
DIOの恐怖に屈したものはDIOの恐怖から逃れられない。
かくしてダービーはDIOのプレッシャーに負けて自滅した。

GQuuuuuuX シュウジ=アムロ説

シュウジの正体がアムロでは?という説が散見された。
その場合考えられるのは、ララアの作り出した「アムロ」という存在という仮定。
正史でララアとアムロニュータイプとしてお互いの意識を同調。
アムロはララアの意識を脳内にコピーしたためにその後も意識の中でララアと会話ができている。
(いつでも会いにいける、というのはそういう意味)
シャロンの薔薇の中のララアが同様にアムロと同調した後のララアなら、その脳内にアムロの意識も転写されていると考える。
シャロンの薔薇の中のララアはアムロに殺される直前の状態だとしたら、地球で生きているララアもシャロンの薔薇の中のララアが作り出したものと考えられる。
ジークアクスの世界はシャロンの薔薇の中のララアが作り出した夢の世界と想定している。
こういうパターンでは自分の夢の中に、代役としても自分(館のララア)を生み出してシャアを生かそうと何度もやり直すということを続けていると思われる。
そして、そういった中でシャロンの薔薇の中のララアもまた存在するので度々その世界の住人に利用されることがあったとみられる。
(今回のキシリアのイオマグヌッソのように)
そういった事態にシャロンの薔薇の中のララアの中にいる「アムロ」はそれをただすために世界を破壊する役割を持って「シュウジ」という人物として存在しているのではないか。
アムロが存在することでシャアが命を落とすという事態を避けるために、「アムロ」としては存在できないのではないか。
ララアの望みをかなえつつ、ララアの作り出した世界が歪み、ララアに危険が迫ると世界そのものを作り直すためにガンダムを召喚するのでは。
つまり、アムロではあるものの、コピーであり、だけどアムロ自身には間違いないというややこしい事態。
さあて、どういう最終回になるか。

 

 

GQuuuuuuX 11話から

ジークアクス。

ここまでの作劇を切り取だけで見てきた感想ですが、やはりガンダムのMADという印象がぬぐえない。
いわゆるオタクの喜ぶ絵面を的確につかんでくる手法はさすがのカラー(ガイナックス)という感じ。
なんというか、真面目に考察するのが馬鹿らしく思える。
ストーリーとしては世界そのものがある人物の観ている夢の世界であり、その世界を維持するか、覚醒して現実に戻るかを選択するパターンになっているように見える。
最近だとSSSSグリッドマンがそのパターンか。
そう考えると、この作品のごった煮具合は納得できるか。

さあて、シュウジはいったい何者なのか。
何者かという問いにはどのような由来の人物なのかを意味する。
ララアが作り出している世界を潰して回っているのか。
以前この世界もダメだった、ので「描き直さなけらばならない」といったことをシュウジが言っていた(うろ覚え)。

ある程度までは世界を観測しているが、歪みが大きくなり始めると集束するために世界を潰して回っているのか。
向こう側から来たとはどういうことなのか。
どういうトンチンカンなオチを持ってくるのか、期待は膨らむ。

以上。

マクドナルドの思い出

数年ぶりに思い立ってマクドナルドに入って食事をした。まだ朝マックの時間帯で普通のハンバーガーは頼めなかったので、ソーセージマフィンフィレオフィッシュを注文。

自分は十数年前よりマクドナルドでの食事に虚無を感じるようになって、食事を避けていた。

味はいいのに食後の後味と言うのか、余韻がまったく感じられなくなったのだ。

例えるなら「とてもおいしい紙粘土細工」というような、食べた後に一切の余韻が残らなくて空しくなった。

昔はそんなことは無かったのだけど、あるころを境に食後の虚無感を味わうくらいなら、他の食べ物を食ったほうがいい、となったのです。

それでもいつかは変わってくれるかもしれないので何年か置きに思い立ってマクドナルドで食事をしてきた。

今年今回もそう感じて店に入ったのだけど、まったく変わらない味に逆にびっくりした。

ソーセージマフィンのソーセージとチーズの味が数年前と全く印象が変わらなかった。

多分チーズも調味料の塊なのではないか。本物のチーズ成分がどれくらい含まれているやら。

フィレオフィッシュも全体的に小ぶりではあるが味はほぼ変わらなかった。

ソースもチーズも少なく小さく、昨今の物価高を示すがごとくだったが。

それに440円!昔のビックマックより高い!これにはびっくりした。

ソーセージマフィンは逆に値段が変わってなかった。

結局、食後の虚無感は変わらずで、また当分はマクドナルドを利用することは無いだろう。

今回感じたのはとにかく食材に調味料やかさ増し素材を大量に使って本来の材料はほとんど含まれていないような印象を受けた。

スカスカなんですよねぇ。

昔の美味しく、満足感のあるマクドナルドがもう一度食べたいものだ。

ニュータイプについての考察

以前、アムロララァの脳波の同期による「人格の焼付き」の話をした。
ニュータイプは他者との認識の同調能力が高く、宇宙空間においての人の吸引力が強化されたような存在と言える。

今回は「最高のニュータイプ」こと「カミーユ・ビダン」のニュータイプ能力について語ろうと思う。

カミーユ・ビダン
アムロ以上にニュータイプ能力が強力な人物で他者の意識や感情を受信しやすいタイプ。
Zガンダムの時代(グリプス戦役)の頃はニュータイプも人工的に生み出そうとする実験も多くニュータイプが利用するためのモビルスーツなどの機動兵器も多数開発されていた。
カミーユの乗機であるガンダムMK2は新技術のテスト機でありニュータイプの運用は考慮されていなかった。
しかし、後の乗機であるZガンダムはその構造にバイオセンサーという人間の脳波を機体反応にフィードバックするというシステムが試験的に搭載されていた。
この機能こそが後のカミーユの精神崩壊の引き金になる。

ニュータイプ能力の高いカミーユはこのバイオセンサーによって自分が戦った戦死者の意識を自分の脳に取り込むようになった。
他者との同調能力が高いカミーユは特に接触の多かった人間ほどその人物が死ぬ際の脳波をバイオセンサー経由で自分の脳に焼き付けてしまうようになったと思われる。
かつてアムロサイコミュの機能によってララァと完全同期し、その意識を自分の脳に焼き付けたように。
アムロの時代はそういった要因がララァエルメス以外に存在しないため、複数の人格を脳に焼き付けるようなことはなかったが、
カミーユの時代はなによりZガンダムが擬似サイコミュの役割をはたすバイオセンサーが搭載されており、
またサイコガンダム以降の機動兵器もサイコミュまたはバイオセンサーが搭載されたものが多かったため
カミーユニュータイプ能力によって同期する機会が非常に多かった。
カミーユはそうと気付かずに同調した親しい人間の死に際の意識を自分の脳に焼き付け続けていた。
その結果が最終回のシロッコとの対決における「女の声?」とシロッコも同調した結果、
浮かんだ死者たちの幻影だった。
彼・彼女らはカミーユの脳に焼きついていたのだ。
そしてZガンダムは「俺の体を通して出る力」を体現する「Zガンダム」によって
同じくバイオセンサーが搭載されていたシロッコのMS「ジ・O」を金縛りにして撃墜した。
シロッコニュータイプであったが、他人を駒としてしか認識せず、同調することはなかった。
カツの幻影がいうように、シロッコの周りには誰もいなかったのだ。

死の間際、「Zガンダム接触」したシロッコはそこで自分とカミーユの違いを理解した。
だが、敗北を認めず「自分だけが死ぬわけがない、お前の心も連れて行く」といって最後に
カミーユの精神に大ダメージを与えていった。
すでに多数の人間の意識を焼き付けていたカミーユの意識はいわゆるオーバーフローを起こしてしまったのだ。
TV版最終回でカミーユが自分を見失ったのはその為。
シロッコの意識がカミーユの意識を圧迫していたと思われる。
その後、ZZガンダムの作中で徐々に回復を見せていたのはZガンダムから降りて、
自分の脳内を占拠したシロッコの排除に成功したからと考える。
あのまま宇宙にいれば、無防備となったカミーユの意識は他の人格を感知しすぎて回復は望めなかっただろう。
地球に下りて、人の意識が空間にただようことが無い環境でおちついて自己を取り戻すことができたのだ。
カミーユは優しすぎた。
優しすぎる為に知人の死後の意識を取り込んでしまったのだ。
後の世にカミーユが戦場に戻ったという話しが無いのは戦場で死が間近になればまた他者の意識を取り込んでしまうからだろう。

本物のニュータイプは戦争が出来ないのだ。

「閃光のハサウェイ」観賞後感想

「閃光のハサウェイ」

観てきました。

面白かったところをつらつらと。

スパイ映画みたいで中々緊張感のある話でしたね。

予定ならホテルを爆撃されたらそのまま隠れ家に移動するはずだったんだろうけど、ギギを見捨てられなかった。

騒動後の大佐に駆け寄っていくギギをみてトラウマを掘り出されたハサウェイが

「ガチン」と音を立てて切り替わるシーンが中々おいしい。

あと、ペーネローペーの出す化鳥音も異様で新鮮だった。

特撮の宇宙人のUFOの音みたい。

マフティーの組織も構成員が皆若いのもテロ集団として実に"らしい"。

みな、目がキラキラしていて理想を追っていることに酔っているいい顔をしている。

原作読んでないからしらないけど、スポンサーってどのくらいいるのかね?

MSを運用できるテロリストって相当なもんだからなあ。

山寺宏一佐々木望の配役も妙で登場時噴出しそうになった。

ところどころ、台詞に過去のガンダムのセリフが混じっててニヤリとしたり、

楽しい映画だった。

「閃光のハサウェイ」とテロリズムについて

閃光のハサウェイが公開されて大変好評のようです。

さて、原作も映画も見てないのですが、ハサウェイが地球連邦の高官の腐敗を正すとして、暗殺を繰り返しているという内容と聞き及んでいます。

まあ、動機はともかくとしてやっていることはテロでしかないのでほめようが無いのですが、何故彼らは安直なテロリズムで社会を変えようとするのか。

連邦政府の権力者たちが腐敗しているから排除する?

そんなことをしても次から次へと同じタイプの人間が入れ替わるだけです。

結局、破壊活動で無駄に人命が失われるだけ。

政府が腐敗した、というならどうして人脈を広げて政治の世界に飛び込まないのか。

啓蒙運動で人心を動かそうとしないのか。

たとえば「ジョジョの奇妙な冒険」5部の主人公「ジョルノ・ジョバァーナ」は国家が正義を補償しない国で、正義を唱えるには裏社会でのし上がるしかないとしてギャングスターをめざし、仲間の犠牲の元にその野望を実現しました。

あえて社会の裏側を支配することで悪の暴走を防ごうとしたわけですね。

こういった手段をいわゆるテロに走るエリート筋や高潔な志を持つ人間は選ぼうとしません。

彼らは「汚れる」のを忌避するあまり、そういった人間の負の部分から眼をそらし、消去しようとするきらいがあります。

迂遠な方法かもしれませんが、同じ手を汚すのなら人々に恐怖を振りまくテロではなく、人間を本当に動かす手段として、政界に身を投じるべきだと思うのです。

似た例として「太陽の牙ダグラム」という作品があります。

この作品の主人公「クリン・カシム」も政府高官の子息で何不自由ない生活をしていましたが、植民星デロイアの一方的な搾取の現実を見てデロイアの独立勢力のゲリラ活動に傾倒し、参加していくことになります。

しかし、物語は主人公の戦闘の結果ではなく、一人の政治家の不慮の銃殺によってデロイアの独立が成立します。

物語り全体を通して主人公の戦いはデロイアの独立にはなんら寄与しませんでした。

最終的に「政治力」によって和平が成立し独立したデロイアはその保有戦力の一部解除をすることとなり、主人公達「太陽の牙」チームも武装解除を迫られます。

ここで彼らはただ武器を解除するのではなく、自分たちの力との決別に、ダグラムや銃器の爆破破棄を選択します。

このように武器によっての抵抗は結局のところ大きく社会を動かす力にはならないということです。

ハサウェイが政府の高官たちの腐敗を排除したいなら、その腐敗の中心に自らを投じるべきでは無いのでしょうか。

逆に、そういった手段を取れない時点で社会を変えることも人々の心も動かすことは出来ず、ただ不和と争いの種をまくだけの結果となったと思われます。

汚れをぬぐいたければ自らも汚れる覚悟が必要。

だが、高潔な志を持つがゆえに人々の負の部分を直視できず、安直にテロリズムという暴力で変えようとしてしまうところに彼らの限界があるのでしょう。