だまされるひと

こないだヤフーのメールに妙なのが届いた。
オークションやシステムの支払い用に契約更新が必要とかいって
HTMLメールがね。
ふと、考える。
おかしい、この契約は確かに以前にしていて現在も継続中だ。
だいたい、メールでってのがそもそも怪しい。
念のため、サポートにそのまま転送して問い合わせることにした。

翌日、返事が届いたがあにはからんや、予想どうり詐欺メールだったようだ。
以前にも架空請求メールが届いたことがある。
いまのところこれで2通目だ。さみし。
葉書にいたっては一枚もこない。知人の下には2枚も3枚も届いているらしい。
これはやはり個人情報の流出だと考えられる。
個人情報流出というと大げさに聞こえるが、以外に身近なところから流れることがある。
それは「卒業生名簿」。
全生徒が受け取るものであり、最も軽視されるであろう書物。
それが家にあるかどうかなんてはっきりわかる人などそうはいまい。
これが数冊古本屋に流れたりしてるので始末が悪い。
詐欺はがきなどが頻繁に来る人はこれが他者に渡ったとみてまちがいないだろう。
自分の場合、居場所を特定するのは困難である。
それは10数年の間に数回、引っ越しているからだ。
実家など無いし、家族の交流も無い。
なにしろ電話帳にも載せていないのだから。
おまけに
数年前から気をつけていることは必要の無いところには極力本名を書き留めないということ。
それが法律的に触れないのであれば絶対に書かない。
そのせいで逆に古い知人などが自分を訪ねてくるなんてこともないし
同窓会にも呼ばれないんだけどね。・゜・(ノ∀`)・゜・。

よくだまされるよりだます方が悪いというが
これは子供の論理だ。
子供にはこうやって教育するのが当然だし正しいと思う。
けれど
成人してからこれを言い訳にするのは恥ずかしい。
本来、だまされる方が悪いのだから。
何故だまされるかというと、隙があるから。
隙とは欲望。
金、色気など。
金銭的な大口詐欺はどう考えても引っかかる方が悪い。
安易に大金が手に入ることなど早々ないのだから。
ちょっと落ち着いて考えればわかること。
しかし
何も他人を信用するなといっているわけではない。
相手が信用に値する人間か、判断する目を養うことだ。
そうして判断して、それでも裏切られたらそれは
自分の見る目がなかった、ということだ。
やたらと信じるのもいけないが
やたらと人を疑うのも精神上良くない。
何事もほどほどに、何かハプニングが起きたら大きく深呼吸して心を冷静に保とう。